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晴明公の面影を探して 一条戻橋から平安京跡へ

晴明神社から堀川通を南へ100メートルほどのところに、小さな橋が架かっています。ここが一条戻橋(いちじょうもどりばし)。その場所は橋が架けられた平安京造営当時と同じだといわれています。

 

晴明公は、この一条戻橋の近くに居を構えていました。晴明公が自由に操ったという精霊・式神は、奥さんが恐がったことから橋の下に封じ込められ、必要な時だけ呼び出していたというのは有名な話。ここで式神は、橋を渡る人を占う「橋占」もしていたそうです。

 

さて、平安京の中心部は、今の繁華街である四条河原町や烏丸御池よりずっと西にありました。都を南北に貫くメインストリート「朱雀大路」は、今の千本通。ここを中心に、北は一条通、南は九条通、東は寺町通、西は葛野大路で囲まれたエリアが平安京です。

 

その平安京北部の中央には、天皇が住まい、さまざまな行事などが営まれた大内裏(平安宮)が置かれました。大内裏の北東角は今の大宮通と一条通が交わるあたりで、その東に流れる堀川に架かっていたのが一条戻橋なのです。

 

ちょっと変わったその名前は、平安時代中期の学者・三善清行の息子浄蔵が、この橋の上で父の葬儀の列に出合ったことに由来。父の死を嘆いた浄蔵が念じると父が生き返ったことから「戻橋」の名がついたといいます。橋のある場所は都の北端でかなり寂しいところ。式神が潜んでいることも、都の人々の間でウワサになっていたかもしれませんね。

 

ここから北は、都の外。異界ともいわれていたという一条戻橋。晴明神社をお参りした後は、ぜひここまで足を伸ばしてみるのもいいもの。

 

さらに千本丸太町まで歩けば、重要な儀式などが行われた朝堂院の正殿、大極殿跡や、晴明公の「勤務先」である陰陽寮のあった「平安宮 中務省東面築地跡」も。晴明公が暮らした千年前の都に思いを巡らせながら、街歩きを楽しんでみませんか?

公開日:平成30年9月25日

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